ひとめぼれをするように、一瞬で好きになってしまうアーティストというのがときどきいるのですが、ドイツの画家ハインリヒ・フォーゲラーもそんなひとりでした。
はじめてフォーゲラーの作品を目にしたのは、インゼル文庫からも出されている『Dir(あなたに)』ではなかったかと記憶しています。パステルカラーで描かれた、花やユーゲントシュティールの装飾。繊細なタイポグラフィーで綴られたロマンチックな詩と、その詩が捧げられたのであろう、やわらかな線で描かれた女性の姿。
初めて見たはずなのに、子供の頃から知っていたような、それともフォーゲラーのこの作品にいつか出会うことを昔から知っていたような、おかしな郷愁。その日からというもの、ハインリヒ・フォーゲラーという名前は私の中で特別なものとなりました。
19世紀末、ブレーメンの北東20㎞ほどのところにあるヴォルプスヴェーデ村に作られた芸術家コロニーに魅了されたフォーゲラーはその地に「ユーゲントシュティールの理念を体現した総合芸術作品」とされる家、” バルケンホフ (Barkenhoff) “を建てます。自然と芸術が調和する楽園を夢見たフォーゲラーの作り上げた家は外観からインテリア、庭までどこをとっても彼の理想とした美しさが詰まっており、フォーゲラー自身も「この家は私のすべてだ」と語っていたそうです。
バルケンホフは詩人のリルケも訪れるなど、アーティストたちの集う場所となり、愛する女性とも出会ったこの頃のフォーゲラーの作品はとても詩的で、うっとりするような色彩の中、まるで夢の中にいるような世界が描かれているのですが、同時にそれがいつまでも続かないのが分かっていたかのような、少しの諦めや不安が見えるような気もします。
ヴォルプスヴェーデで理想の世界を求め、夢見ていたはずの家庭を築きながらも、芸術家コロニー内部の対立や妻マルタとの関係悪化など、幸せは長くは続きませんでした。第一次世界大戦を経験したフォーゲラーは社会主義へ傾倒し、作品もそれまでの抒情的な様式から一転して、プロレタリア風のポスターやプロパガンダ的な表現へと大きく変化していきます。



美の追求から人間と社会の幸福へ理想を拡大していったフォーゲラーは、ナチスの台頭によりソ連に亡命しアーティストとしての表現を続けるも、最期はドイツ人であるからとスパイ容疑で収容所に送られ、1942年、祖国には帰ることのないまま命を落とします。
時代の波にのまれ、華やかだったヴォルプスヴェーデ時代には思いもしなかったであろう晩年を送ったとされるフォーゲラーですが、どんな思想であれ自らの理想を追い求めた人生は、果たして語られているほど不幸だったのだろうか。運命は厳しいものであったけれど、自らの思いを貫き闘いぬいた人生、フォーゲラーが「あの頃に戻りたい」と思うことは果たしてあったのだろうか?と、モスクワ時代の作品を見ながら、ふと思ってしまうのです。
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